すごい技術です!
レーダー(Radar)は電磁波を対象物に向けて発信し、その反射波を測定することにより、対象物までの距離や方向を明らかにする装置である。
電波法施行規則第2条では「決定しようとする位置から反射され、又は再発射される無線信号と基準信号との比較を基礎とする無線測位の設備をいう。」と定義されている。遠くにある物との距離を電磁波によって計測し、図示することで、飛行機の位置を把握したり、雨量の計測に使用するシステムに使われている。
その単語は定着したアクロニムであり、英語の Radio Detection and Ranging(無線探知測距) からきている。これは、アメリカ人による命名であり、当初イギリスでは無線方向探知機(RDF:Radio Direction Finder(Finding))もしくは高周波方向探知器(HFDF:High Frequency Direction Finder(Finding))と呼ばれていた。
強い電磁波を放射し、反射して返ってくる電磁波を分析することで、対象物との距離を把握する。気象用レーダーの場合、雨粒(雪片も含む)との距離に加えて反射波の強度から密度(=量)を把握することで、その地点での雨量(降水強度)を検出する。
レーダーでは、波長の長い(=周波数が低い)電波を使うと電波の減衰が少なく、遠くまで探知する事ができるが、分解能が低くなるため、目標の解像度は悪くなる。逆に、波長の短い(=周波数が高い)電波は、空気中に含まれる水蒸気や雲・雨などに吸収・反射され易いので減衰が大きく、遠くまで探知する事は出来ないが、高い解像度を得る事ができる。
したがって、対空レーダーや対水上レーダーなど、遠距離の目標をいち早く発見する必要性のあるものでは周波数が低い電波を、射撃管制レーダーなど、目標の形・大きさなどを精密に測定する必要性のあるものでは周波数が高い電波を使用するのが適している。
暗闇を飛ぶこうもりが超音波を発しその反射音をキャッチしてぶつからずに飛行することからヒントを得た。 1900年初頭には、ドイツでは航海安全のための電波利用が実際に行われていた。
1925年(大正14年)日本人の発明した八木・宇田アンテナ(以下八木アンテナ)は、指向性を備える画期的な技術だった。しかし、日本では全く反響が無く学会から無視された[1]。ところが欧米で大々的な評判を呼び、各国で軍事面での技術開発が急速に進んだ。その成果は後にバトル・オブ・ブリテンで花開く事になる。
1930年頃から英米国では、電離層の観測目的で電波の利用が行なわれていたが、航空機の通過で観測が妨害され、ラジオ・ロケーターと呼ばれるレーダーの開発が始められた。最初に航空機の探知に成功したのは1935年の英国である。
1930年代にドイツでは、ヴィルスンとアーブスローが海軍司令官エーリヒ・レーダーの指示のもとで、イギリスでは、ロバート・ワトソン=ワットらにより航空省が援助して開発が進められ実用化され、1940年にイギリスはドイツ空軍の空襲に対する迎撃戦闘で大々的に使用し、ドイツのイギリス侵攻の阻止に大いに役立った。
ドイツ空軍の空襲に対してイギリス空軍はレーダーを使った防空システムの整備により有効に対処することができ、この戦いは戦局の分水嶺となった。また、サボ島沖海戦やビラ・スタンモーア夜戦でもアメリカ海軍がレーダーを活用して日本海軍を相手に勝利をおさめた。こうしてレーダーは戦局を左右する重要な情報機器となった。
日本でのレーダーは1939年に陸軍が連続波で航空機からの反射波の受信に成功している。その後、陸軍ではいくつか電波警戒機という名の装置を銚子や東京湾入り口に備えたが役には立たず、その後も「た号1型」「た号2型」を開発し対空高射砲陣地に備えたがあまり成果は挙がらなかった。このためもあり1942年8月、ドイツの新型「ウルツブルグ・レーダー」の入手を計画し、伊30号潜水艦で輸入を試みたがシンガポールで触雷し沈没した。
日本海軍では八木アンテナやレーダーの重要性を全く理解出来なかった為、開発には消極的であった。その後、戦局が進むにつれレーダーの重要性を痛感した日本海軍は慌てて開発に力を入れたが、時既に遅かった[1]。1942年に戦艦「日向」において実験を行なったがあまり良い結果が得られずそのままミッドウェー海戦に出た。日本海軍ではその後も開発を続け、1941年に戦艦「大和」級に水上索敵と射撃管制用の「2号2型電探」を備えてはじめて実戦に使用可能なレベルのレーダーを手にした[2]。初期のレーダーは雨が降ると反射されほとんど役に立たなかったうえ、指向性も不十分だった。
日本語では、電波の照射の跳ね返りにより位置を探るものを「電波探信儀」、相手の発する電波によって逆索するものを「電波索知機」と呼び、双方共に短く「電探」と呼んでいた。なお、これは日本海軍での呼び方とされており、日本陸軍では特に前者を「電波警戒機」と呼称した。
なお、八木アンテナはその後、主に家庭のテレビアンテナ等として広く使用されるが、21世紀の現在でも当初の頃からほとんど変わっていない。それだけ完成度の高い技術だったことになる。
(以上、ウィキペディアより引用)
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